2009.8.03

ご存じの方も多いと思いますが、先日、米国においてヤフーとマイクロソフトが、検索・広告分野における事業提携について交渉中であることを発表しました。

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提携内容の骨子についても同時に発表されていますが、これが、両社の検索エンジンや広告ビジネスに「具体的に」どのような意味や影響を持つのかについては、米国においても様々な疑問解説が飛び交っている状況であり、まして、日本の検索・SEM市場へのインパクトについては、現時点では、すべての「想像」の域を出ません。

とはいえ、我が国におけるヤフーのシェアを考えれば、この提携の行く末は、日本のみなさんにとっても非常に気になるところかと思います。そこで、今回は、この提携が日本の検索・SEM市場に与えるインパクトについて、現時点でわかっている情報をベースに「シュミレーション」をしてみたいと思います。みなさんも『頭の体操』だと思って、一緒に考えてみて下さい。

1. 日本のヤフーは純然たる日本の企業

まず第一に、日本のYahoo! JAPAN(=ヤフー株式会社)は、Yahoo!, Inc.(=米国のヤフー社)の日本における現地法人でも、連結対象の子会社でもありませんので、少なくとも、「証券取引法的な見地」からいえば、「今回の一連の発表における”Yahoo!”の中に”Yahoo! JAPAN”は含まれていない」と考えるべきかと思います。

更に、みなさんもご存じの通り、検索連動型広告のサービスを提供している日本のオーバーチュア(海外ではYSM=Yahoo! Search Marketingにブランド変更済)についても、既にYahoo! JAPANがYahoo!, Inc.から買収して、100%子会社化していますので、オーバーチュア(YSM)についても、日本については、もはやYahoo!, Inc.の管轄外にある、ということになります。

従って、今回の提携発表の中で、もっとも重要なポイントとなる以下の2点については、いずれも、“except Japan(日本を除く)”という注釈を付けて読むべきだろうと思っています。

・Microsoft’s Bing will be the exclusive algorithmic search and paid search platform for Yahoo! sites. (今後、ヤフーが提供するアルゴリズム検索および検索連動型広告については、マイクロソフトのBingのプラットフォームを採用する。)

・Yahoo! will become the exclusive worldwide relationship sales force for both companies’ premium search advertisers. Self-serve advertising for both companies will be fulfilled by Microsoft’s AdCenter platform, and prices for all search ads will continue to be set by AdCenter’s automated auction process.(ヤフーおよびマイクロソフト両社の広告営業は、今後ヤフー側が一元的に管理を行うが、検索連動型広告については、マイクロソフト社のAdCenterのプラットフォームを採用し、入札価格やクリック単価などもすべてAdCenterのシステムによって決定されるものとする。)

2. 日本のヤフーを支える米国ヤフーからのライセンス供与

一方で、ビジネスの現実的な側面を考えていくと、多少見方は変わってきます。

前述の通り、Yahoo! JAPANは、Yahoo!というブランドを使いながらも、経営的には、独立した日本の企業ではあるものの、そのビジネスの根幹を支える検索技術(YST)および、100%子会社化したOvertureを通じて提供している検索連動型広告のシステム(YSM)は、いずれも、Yahoo!, Inc.からライセンス供与を受けています。

つまり、ライセンスの供与元であるYahoo! Inc.が、自社の検索技術についてBingとの「統合(もしくは乗換?)」を進めるのであれば、Yahoo! JAPANとしては主体的にBingの採用を決めた訳ではないにしても、それは、実質的には、Yahoo! JAPANの検索結果がBingによってコントロールされることを意味します。

検索連動型広告のプラットフォームについては、更に話が複雑になります。

検索エンジンであれば、Yahoo! JAPANの「検索窓」に入力された検索クエリをBingのエンジンに飛ばせば済みますが、広告についてはそういう訳にはいきません。AdCenterとYSMのそれぞれに、利用登録をしている広告主がいて、かつ、それらの広告主がこれまでに登録・設定したキーワードや広告文、あるいは入札価格に関する情報に加え、これまでの掲載結果に関する膨大なデータの蓄積もあります。従って米国でも、両者の広告主の膨大なデータを統合するだけで数年がかりの作業になるのでは、という声も出ています。

ただ、欧米では、「両者を統合をしない」というオプションもあり得ます。(個人的には、こちらの方向に進む可能性が高いのではないかと思っています。)

つまり、YSMの広告主をAdCenterに移行・統合することはせず、Yahoo!は、単にAdCenterの広告配信先となって、Yahoo!(およびそれまでYSMの広告配信ネットワークに加わっていたサイト)には、YSMではなくAdCenterの広告が配信・表示されるようにしてしまうことも可能です。これまでYSMしか使っていなかった広告主も、AdCenterに登録・申込みをすれば、Yahoo!/MS双方の配信先に対して広告を表示することができます。

実際、今回の発表の中には、向こう5年間、マイクロソフトが、Yahoo!のサイト・ネットワークに配信した広告から得られた収入については、その88%をYahoo!が受け取るという「破格」の条件も含まれています。Yahoo! CEOのCarol Bartzが提携発表の会見で、

“more interested in steady revenue to ensure the longer-term financial health of Yahoo instead of a big payment”(大金と引き替えに会社や事業の売却するのではなく、長期間にわたって安定的な収入を得ることでヤフーの経営を健全化したい)

と述べた通り、Yahoo!は、もはら広告配信の事業主体としてではなく、メディアとして、他の誰かが市場からかき集めてくれた広告収入の分け前にあずかる道を選んだ、ということなのかもしれません。

3. 日本の検索市場が抱える特殊な事情

ところが、この「オプション」は日本では機能しないという点に、この将来予測の難しさがあります。最大の問題は、マイクロソフトはこれまで、MSNのトラフィックが少ないことを理由に、日本ではAdCenterの展開を見送ってきたという点にあります。つまり、マイクロソフトは日本においては、まさに「メディアとして、Overtureのスポンサードサーチの分け前にあずかる」という独自路線を歩んできた、という訳です。

従って、仮に、欧米と同様、日本においても、Yahoo! JAPANの検索結果に連動して配信・表示される検索連動型広告のプラットフォームが、AdCenterに切り替わることになったとしても、現時点で、日本にAdCenterを利用している広告主は、一人もいません。つまり、Overture→AdCenterに切り替えた場合、Yahoo! JAPANの検索連動型広告からの売上は一旦「ゼロ」にリセットされることになりますが、Yahoo! JAPANの売上・利益に占める検索連動型広告の比率を考えれば、そのような冒険できないでしょうし、株主もそれを許さないでしょう。

また、検索連動型広告の売上を左右する「クリック単価」は、基本的には競争入札によって決まります。仮にAdCenterが、Yahoo! JAPANへの広告配信を武器に、一気に数万社の広告主を集めることができたとしても、各キーワードの入札価格は、いわゆる「最低入札価格」からスタートすることになりますので、やはり、Yahoo! JAPANにとって、検索連動型広告からの売上・利益が、一時的には大幅に減少することは避けられないでしょう。かつて米国において、Yahoo!が、自社で検索連動型広告のシステムを開発するのではなく、Overtureを買収する道を選んだ最大の理由もここにあると言われています。

これを回避するためには、現在、日本でOvertureを利用している10万社以上とも言われる広告主について、登録キーワードや広告文、入札価格を含めた全てのデータを、AdCenterのプラットフォームに移管することが必要となりますが、これも、Overtureの新プラットフォーム(パナマ)への移行に要した時間やコスト、そして、それによって引き起こされた混乱、更に、今回は、これをYahoo! JAPANとMSという異なる会社の間で行わねばならないことなどを考えると、その困難は想像を絶するものがあります。

しかも、AdCenterの日本語向けの「ローカライズ」はこれからという状況ですし、カスタマーサポートなどの体制も一から作り上げるという状況で、Yahoo! JAPANが、検索連動型広告からの売上・利益を、日本において全く実績も経験もないAdCenterに託すというギャンブルに出るのかと考えると、今回の提携について、多くのネット系メディアが、おまけのように付けている「検索連動型広告のプラットフォームについてもAdCenterへの移行を検討か?」というコメントは、あまりに軽すぎるのではないかという気がしています。

とはいえ、もし、YSMについてもYST同様、Yahoo! Inc.からライセンスの供与を受け続けるためには、好むと好まざるをにかかわらず、AdCenterへの乗換を受け入れる以外にないのだとすれば、Yahoo! JAPANとしては、大きなリスクを冒してでもAdCenterへの乗換を進めざるを得ない状況に追い込まれる日がくるのかもしれません。

ただ、その場合、日本は先進国の中で唯一、検索市場において、Yahoo!がGoogleを大きくリードしている国ですから、Yahoo! JAPANとしては、マイクロソフトとの、いわば「弱者連合」には加わらないという選択肢を検討する可能性もあるでしょう。

実際、広告については、YSMのライセンス依存からの脱却に向けて動き出しており、この7月をもって「コンテンツマッチ」の提供を中止し、いわゆる「コンテンツ連動型広告」については、Yahoo! JAPANが独自に開発した「インタレストマッチ」に一本化したのも、こうした動きの一つと見ることができると思います。

ただ、いずれにせよ、今回の提携について、正式に契約が締結されるのが来年初頭、そして合意した内容が実施に移されるまでには更に2年という非常に気の長い話ですので、その間に、マイクロソフト、ヤフーそして、日本の検索ビジネスに一体どのような変化が起きるのかを今から予想することは、非常に難しいことだけは確かでしょう。


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