2011.3.11

SES New York 2011の開幕まであと10日。その冒頭に行われる基調講演で演壇に立つのが、社会学者のダンカン・ワッツ氏です。

Duncan Watts

ワッツ氏は、”Six Degrees-The Science Of A Connected Age”(邦題「スモールワールド・ネットワーク—世界を知るための新科学的思考法」)などの著書もあり、今日では、ソーシャルネットワークに関する研究者として知られていますが、元々の専攻は物理学で、コーネル大学では応用力学の研究で博士号を取得しています。ちなみに、Wikipediaで調べてみたところ、応用力学というのは『数少ない基本法則をもとに、論理的な推論によって、対象とした系の挙動を解析し、予測する』学問なのだそうです。

ワッツ氏は、著書”Six Degrees”の中で、自身がソーシャルネットワークの研究に関わるようにきっかけは、数学者スティーブ・ストロガッツ氏との出会いであると記述しています。ストロガッツ氏は、数学者として「共振」「共鳴」に関する研究をしていましたが、徐々に、その研究領域を人間社会にも広げ、社会科学に数学的なアプローチを持ち込んだ先駆者としても知られています。

たとえばコンサートの最後に起こるアンコールの拍手。誰かがステージに立って指揮をしている訳でもないのに、聴衆全員の拍手のタイミングが、いつの間にか揃っていく仕組みを、どう科学的に説明するのか、といったことが研究のテーマになる訳です。

こうしてみると、応用力学や共振を物理学・数学を専門とする二人が、社会における人々の行動を科学的に解明するための研究に踏み出したことは、ある意味、必然と言えるのかもしれません。

ちなみに、彼らがソーシャルネットワークの研究を始めたのは、1990年代の後半です。つまり、ソーシャルネットワークの研究とは、単にフェイスブックやTwitterの話ではなく、社会において、人々がどう影響し合い、あるいはされ合っていく中で、情報は拡散し流行などが生まれていくのか、その根源的な仕組みを考えることだ、ということが言えるのではないでしょうか。

一方で、インターネット上に「ソーシャルネットワーク」が誕生したことは、彼らの研究に大きなインパクトを与えたのも事実です。なぜならば、人々の間で、クチコミやつながりが拡散していく様子が可視化され、過去の軌跡も含めた膨大がデータを入手・分析できるようになったからです。

そうしたデータを解析した結果、ダンカン氏は「ソーシャルネットワークの解明に、数学的・物理的なアプローチだけでは不充分である」という結論を得ることになります。その理由は、ソーシャルネットワークにおける2つのダイナミズムにある、としています。

まず第一は、ネットワーク自体が、どんどん形を変えながら成長・拡散していくという側面です。たとえば、フェイスブック一つを取っても、基本的には同じ仕組みで構築・運営されているネットワークでありながら、アメリカと日本、あるいはインドネシアでは、その成長や拡散の形・スピードは全く異なるといったことも、そうしたダイナミズムの一つと言えるでしょう。

第二には、ネットワークの中で人々が相互に影響し合う中で「化学反応」が起こり、それが、人々の次の行動を変化させるという側面です。たとえば、本来攻撃的な性格ではない人が、ソーシャルネットワーク上で、他の人からの意見やコメントをきっかけに、非常に攻撃的な言動を取ったりし、その果てに「炎上」といった事態にまで発展する、といった過程を、単純な数理モデルだけで予測・説明することは難しいでしょう。

こうしたソーシャルネットワークの特性をダンカン氏は「ランダム(偶然)とバイアス(必然)の交錯」といった言葉で表現しています。これを理解するには、心理学的、あるいは社会学的な知見も交えて考えることが必要であり、また、こうした考え方に馴染みやすいのは、数学者・物理学者よりも天文学者ではないか、といったことも言っています。確かに、われわれ人間の営みは、宇宙空間のチリが集まって星が生まれたり、ある星の気候や地形が、他の星の影響で変化するのと同じくらい複雑怪奇、ということなのかもしれません。

SESの基調講演では、ダンカン氏から、どのような話が聞けるのか、今から楽しみです。現地からの報告も、どうぞお楽しみに。

ところで、ダンカン氏が研究している内容に簡単に触れてみたいという方には、昨日(3/10)発売のハーバード・ビジネス・レビュー4月号『ソーシャル・メディア戦略論』に、ダンカン氏が2008年に発表した論文”The Accidental Influence”(邦題『流行が起こる本当のメカニズム』)が掲載されていますので、こちらもお薦めです。
(by Rod Hiroto Izumi, Founder & Co-CEO, Le Grand)



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