「正直は一生の宝」「三度目の正直」「正直者はバカを見る」など、「正直」(Honesty)という言葉を使ったことわざは色々ありますが、2013年のデジタルマーケティングを展望するにあたり、いま一度「正直の頭(こうべ)に神宿る」ということわざの意味について考えてみたいと思います。
ちなみに英語でも”Honesty is the best policy.”ということわざがあり、いずれも「正直であれば、最後は必ず天や神の加護がある。」といった意味になります。
先日も、芸能人が、あるサービスを使って満足したという経験談を、金銭的な報酬をもらって自らのブログに書いていたことが露見し、問題になりました。この件に限らず、こうしたステマ(ステルスマーケティング)的な手法を取ったとして、消費者からの非難に晒されるというケースは、これまでも定期的に発生しています。
TVだとOKなのにネットだとNGなのはなぜ?
しかし、テレビのCMで、有名人が、商品を使って満足したようなコメントをしていても問題にならないのに、なぜ、ネットだとここまで大きな問題になってしまうのでしょうか?
そこには、ネット、特にブログやクチコミサイトなどのソーシャルメディアが広く普及した結果、利用する側のリテラシーが高まり、そこに書き込まれた意見や情報の「質」に対する見方が厳しくなっていることが背景にあると考えられます。
テレビのCMで有名人が商品を勧めていても、それが広告主の意向を受けた発言であることは、いちいち断らなくても明らかである、というのは一般的な認識と考えても問題ないでしょう。それに対し、有名人のブログでの発言や、クチコミサイトに寄せられた評価やコメントは、それが自発的なものなのか、金銭的な見返りに基づくものなのかは、一見しただけでは分かりません。
それゆえ、ソーシャルメディア上での発言や書き込みが「広告主」の意向を受けたものである場合には、その旨を明記すべきである、と考える利用者が多くなっています。
ルーニー選手のつぶやきがステマと認定されたナイキ
こうした流れを読み違えて問題になってしまったケースが英国・ナイキのキャンペーンです。
今年6月に、英国サッカー界を代表するルーニー選手が、自身のツイッターアカウントで、「今年も頂点を目指す」というツイートに重ねて、ナイキのキャンペーンに使われていたハッシュタグと、ナイキのウェブサイトのURLを記載したことが問題になりました。
ナイキ社としては、同社がルーニー選手のスポンサーであることは周知の事実であり、また、ツイートの中に、同社サイトのURLも記載しているのだから、これがナイキの意向を受けたツイートであることは、誰が見ても明らかだと主張しました。
しかし、英国当局は、「広告主の意向を受けた書き込みである」ということが明示されていないツイートは法令に違反するとして、ナイキに対して、当時展開していたキャンペーンの停止を命じました。
米国連邦取引委員会(FTC)でも、テレビCMに登場する有名人の発言は「広告」であることが自明と考えて差し支えないが、ソーシャルメディア上で、有名人が特定の企業やブランドの意向を受けて発言を行う場合、それが「広告」であることについては、都度、明確な開示が必要というスタンスを取っています。
故意や悪意でなくとも問題になることがある
たとえ故意や悪意に基づくものではなくとも、知識や配慮が足りないために問題を引き起こす結果となったのが、日本未来の党のケースでしょう。
同党は、衆議院選挙公示日の直前に「ネットでプレ総選挙」というサイト(現在は閉鎖)を立ち上げ、「脱原発に賛成ですか?」「消費税増税に賛成ですか?」という2つの質問について、賛否を投票をさせるという仕組みを作りました。
ところが、「脱原発には反対」という投票が圧倒的に多くなったため、同党では「質問がわかりづらかった(ので本当は脱原発に賛成の人が間違って反対に投票してしまった)」として、投票結果をリセットした上で、質問も「原発推進に賛成ですか?」という書き方に変更しました。
すると今度は「原発推進に賛成」とする票が圧倒的に多くなり、結局「原発推進にも消費税増税にも圧倒的多数で賛成」という結果は変わりませんでした。
各種の世論調査などを見れば、これが必ずしも有権者一般の多数意見を反映した結果とは言い難いと思われますが、にもかかわらず、なぜ、このような結果になったのでしょうか?
このサイトには、最初から「卒原発」「反消費増税」という同党の政策を訴える嘉田代表のコメントが予め書かれていました。そのため、このサイトからは、「正直に民意に耳を傾けたい」という姿勢が感じられず、むしろ「卒原発」「反消費増税」という同党の政策の正当性をアピールするために「民意」を利用しようとしているのではないか、と受けとめた人たちから、反発を買ってしまったのではないかと思われます。
本来であれば、まずは、このサイトで有権者の意見を集め、その結果に対して、党あるいは嘉田代表の見解を示すべきだったのでしょう。また、仮に想定したものとは違う結果が出たとしても、それを理由に投票結果をリセットしたり、サイトを削除したりすることは、「正直に民意に向き合う」という姿勢を示す上では、全く逆効果であるということを、このサイトの運営者は理解しておくべきだったでしょう。
規制されるのを待つのではなく業界からの働きかけも必要
「ステマ」「やらせ」の横行により、ソーシャルメディアやクチコミマーケティングという手法に対する不信感が広まることを防ぐには、消費者やユーザーに対して「透明性」を担保することが重要と考えられています。
先般、米国・ラスベガスで開催されたWOMMA * サミットにおいても、透明性の確保は最重要な課題として、様々なセッションにおいて、繰り返し強調されていました。(* Word of Mouth Marketing Association:クチコミマーケティング協議会 = クチコミマーケティングという手法が正しく活用されることを目的に設立されたNPOで、現在は、350以上の企業や団体が加盟)
実際、WOMMAでは、加盟企業が遵守すべき倫理規定を設けると共に、自らFTCに働きかけ、2009年のいわゆる「ステマ規制」のガイドライン制定 にあたっては、FTCに対して、その骨組みとして、WOMMAの倫理規定を取り入れさせるなど、そのプロアクティブな対応には、私たちも見習うべきことが多いのではないでしょうか。
「消化」という言葉のデリカシーの無さに気づく心を持とう
一方で、「正直であること」が求められるのは、広告主だけでなく、媒体や広告会社、ツールやコンサルティングサービスを提供する会社も同じです。
先日、アトリビューションに関する取組みを紹介した記事を読んでいたら、リスティング広告からディスプレイ広告という流れの背景について、「リスティング市場の飽和により、予算をなかなか消化できない状態に陥った」などと書かれていました。正直、こんなことを堂々と書いてしまって、この記事を掲載したメディアや、記事に登場している関係各社は大丈夫なのだろうか?と余計な心配をしてしまったのですが。。。
媒体や広告会社が売上をあげるには、クライアントである企業の予算を「消化」させることが必要という事情があるのは分かりますが、自分たちの大切な予算を「消化」して欲しいなどと願っている経営者や株主はいないはずです。
こういうデリカシーに欠ける言葉を使っているようでは、いくらプレゼンや提案で「御社のために」などとアピールしても、クライアントからの信頼を得ることは難しいでしょう。
最近、業界関係者からは「クライアントがデータを共有してくれないので、同じ土俵でディスカッションができない。」といった嘆き節も聞かれます。しかし、もし、クライアントに、大事な予算を「消化」しようと虎視眈々と狙っているオオカミだと思われているとすれば、そのようなオオカミに、わざわざデータを提供して手の内を明かそうする羊はいないでしょう。
消費者・ユーザー、あるいはクライアントに対して「正直であること」、これはデジタルマーケティング業界の健全な発展のためにも欠かせないものであることを、私たち自身も心に刻み、新しい年を迎えたいと思います。