今から4-5年前までは、海外のカンファレンスに行くと、「CMOにはなりたくないという人が増えている」という話がよく聞かれました。(なお、日本においては、CMOというポジションが無い企業も多くありますので、ここでは、CMO=マーケティング部門の経営職階にある方々、と考えてお読み下さい。)
こうしたセッションには、「マッドメン時代の終焉」みたいなタイトルが付けられることが多いのですが、このドラマをご覧になったことが無い方のために補足をすると、ここには『マティーニとシガーを楽しみながら、クリエイティブ談義に花を咲かせて一日が終わる』といった時代は過去のものになりつつある、といったメッセージが込められています。残念ながら、私自身は、こうした恩恵に浴したことがないので、この「古き良き時代」を懐かしむことはできないのですが…(苦笑)
では、マティーニやシガーに代わって、CMOの前に表れたものは何かと言えば、それは「インターネットが連れてきた魑魅魍魎たち」とでも言うべき数々の難題でしょう。
例えば、検索エンジンが広く使われるようになると、自社のサイトを検索結果の上位に表示させ集客につなげるためのSEOやSEMといった手法も、ネットマーケティングにおける主要な施策の一つとしてCMOの手に委ねられるようになりました。
そして、検索エンジン側のアルゴリズムの進化・改良に伴い、そうした施策は、コンテンツマーケティングなどと呼ばれる考え方とも結びつき始める訳ですが、こうした流れを正しく理解して、適切な対策・施策を講じることもCMOの責任となっています。
また、ソーシャルメディアの普及に伴い、CMOは、TwitterやFacebook・YouTubeなどのプラットフォームを、自社のマーケティング・コミュニケーション戦略上、どのように位置付け、活用していくのかを考えながら、アクセス解析やCRMデータとの連携により、サイトのコンテンツをパーソナライズしたり、広告配信を最適化したりする「マーケティングオートメーション」にも取組まなくてはなりません。
こうして、CMOの守備範囲は、ものすごい勢いで広がっている訳ですが、上司であるCEOが、こうしたCMOの仕事の難しさや価値を正しく理解しているとは限らず、むしろ、すぐに成果が出ないことを理由に、安易にCMOのクビをすげ替えるといったことも多かったようです。
下図は、米国に本拠を置くヘッドハンティング会社スペンサー・スチュアート社によるCMOの平均任期に関する調査結果(AdAge CMO Strategy より転載:)ですが、これを見ると、2005年-2006年当時、CMOの平均任期は2年にも満たなかったことが分かります。
SEO・アクセス解析からTV広告まで、膨大な仕事を任されながら、トップであるCEOより地位も給与も低く、しかも2年も経たないうちに、クビにされてしまうのでは、「CMOは割に合わない」と考えてしまう人が増えるのも無理はありません。
しかし、近年、その状況は変わってきているようです。
先ほどの図が示している通り、ここ数年、CMOの任期は4年近くまで急速に伸びています。もちろん、リーマンショックによる企業業績の悪化から、無駄な採用費を抑えたいといった動きがあったことも事実ですが、一方で、CMOの存在意義がCEOにも正しく理解されるようになり、CMOが経営の中枢で、腰を据えて手腕を発揮できる環境が整いつつあるといっても良いでしょう。
とはいえ、CMOがSEOやアクセス解析などの個別事案について、実務レベルで通じている必要はありません。というか、それは不可能というものです。
むしろ、これからのCMOあるいはマーケティング部門の経営職階にある方々に求められるのは、自らの役割を「コンサートマスター」から「指揮者」に昇華させることではないでしょうか?
つまり、演奏家として、最高のパフォーマンスを披露することを目指すのではなく、指揮者として、専門化・細分化していく各分野のプロフェッショナル(=演奏家たち)を束ねて、全社的な(=オーケストラ全体の)パフォーマンスを最高の水準に導いていくことが、CMOをはじめとする多くのマーケターに求められる役割となっていくのではないでしょうか。
最後に、CMOがオーケストラ全体を率いる「指揮者」として成功するために必要な3つの要素について考えてみたいと思います。
まず第一には「データドリブン」であること。指揮者は、オーケストラの全ての楽器の演奏内容が書かれた「スコア」と呼ばれる楽譜を見ながら指揮をします。同様にCMOという指揮者は、データによって可視化されたパフォーマンスを見ながら、様々な施策の成否や進捗状況をチェックしたり、あるいは最適な予算配分を見極めたりすることが求められていくでしょう。
(賢明な読者のみなさんはおわかりだと思いますが、ここでは決して「データ至上主義」を唱えている訳ではありません。指揮者は豊富な感性やセンスをもってオーケストラを最高のパフォーマンスに導きます。決して、譜面通りに変奏することを目指している訳ではありません。)
次に大切なのは「統計学」の素養を身につけていること。いくら目の前にスコアを置いていても、楽譜が読めないのでは話になりません。指揮者の前に集まってくる様々なデータを正しく解釈するためには、データを読むための基本的なルールである統計学の素養を身につけておくことは、益々重要になるでしょう。
最後の要素としては「メディアニュートラル」であることを挙げたいと思います。オーケストラが最高の演奏をするためには、指揮者は、全ての楽器の特性や役割を理解した上で、個々の演奏家から最高のパフォーマンスを引き出さなくてはなりません。自分の好きな楽器(=メディアや手法)ばかりに肩入れしてタクトを振っても、オーケストラ全体を最高のパフォーマンスに導くことは難しいはずです。
来たるべき2014年、みなさんもタクトを手に、『指揮台』に上がってみませんか?
(by Rod Hiroto Izumi, Founder & Co-CEO, Le Grand)